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  <title>ねむれぬひつじ</title>
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    <item>
    <title>3D for CD(Cyber Dimension)</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>
	（テーマ：映画「攻殻機動隊 S.A.C. SOLID STATE SOCIETY 3D」2011年3月26日公開）<br />
	<br />
	&nbsp;</div>
<div>
	攻殻機動隊Stand Alone Complexは、2030年代という架空の未来を描いていながら、現代の社会問題に鋭い視線を向ける作品だ。<br />
	&hellip;&hellip;という内容への評価も高いが、ここではそれは割愛し、この映画が3D作品であるという点に注目したい。<br />
	3D映画が商業的に打ち出されるようになった流れは2005年頃から始まったが、映画というある意味完成された表現形式に、立体映像の価値は果たして必要なのだろうか。私は常々、そのことに疑問を抱いてきたが、この作品はそれに一つの答えを提示しているように思う。<br />
	投げた物や突き出した物が飛び出して見えたりする効果は3D映画のひとつの&quot;ウリ&quot;だが、なんだかんだで、そうした表現は客寄せパンダのようなものである。予告編では多いに用いられるものの、作品中ではあまり登場しない。費用が掛かるという理由もあるが、実際のところ、結局は飛び出す表現があまり必要でないということなのではないだろうか。</div>
<div>
	『攻殻機動隊S.A.C. SSS 3D』では、こうした&quot;わざとらしい&quot;立体表現はほぼ無い。この作品における立体表現は、主に電脳世界の表現と画面の奥行きのみに用いられている。詳しい解説は省くが、この作品の世界観では、多くの人々が脳を直接ネットに繋ぎ、直接コンタクトをとったり、データを参照したりできる&quot;電脳化&quot;を行っている。頭の中がPCになっているようなもので、電脳化された視界は立体表現と非常に親和性が高いと言える。観覧者があたかも電脳化されたかのごとく、さながら疑似電脳化体験ができる。</div>
<div>
	3D映像作品は、制作費用と利益との兼ね合いから考えても、一過性のブームに終わる可能性がある。そうならないコンテンツに進化するため3D映画を価値づける表現は、&quot;飛び出す&quot;、&quot;突き出る&quot;ではなく、&quot;取り込まれる&quot;ような立体表現なのだ、と、この作品は告げているのではないだろうか。</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	&nbsp;</div>
]]>
    </description>
    <category>コラム</category>
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    <pubDate>Sun, 24 Apr 2011 15:37:50 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>スケープゴートの英雄論</title>
    <description>
    <![CDATA[<font color="#FF0000">※本日未明に放映されたアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の最終回ネタバレを多分に含みます。ご注意下さい。</font><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
&nbsp;<br />
<blockquote>
<div><br />
<br />
<em>英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。</em></div>
</blockquote><br />
<br />
これは、ベルトルト・ブレヒトが『ガリレイの生涯』の中で述べた言葉。<br />
文字の通り、真に不幸なのは英雄の不在そのものではなく、それを必要としなければならない時代であるということ。<br />
わたしがこの言葉を初めて知ったのは多分朝日新聞の天声人語だったと思う。どんな文脈で出てきたかは忘れた。<br />
<br />
<br />
<br />
さて、大反響のうちに終わった「魔法少女まどか☆マギカ」、作り手の意図がどの程度あったかはわからんけど、色んな示唆のある作品に思えた。<br />
<div><br />
逃げを打つようで情けないけど、以下は完全にわたしの私見で、まとめたのもほとんど自分のためなのであんまり石を投げないでね&hellip;！<br />
わたしは何か特別な勉強をしてるでもないただの一般人なので、ところどころ憶測でものを言ってるかもしれない。<br />
<br />
と、前置きはしておく。<br />
<br />
<br />
&nbsp;</div>
<div>この話の終わりとしてはすごく納得してるし良かったと思う。<br />
ただ、「複雑で深刻な問題が山積しているところへ、それを如何にして解決するのか、とソリューションのひとつを提示した」そういう視点からみると、実はそんなに新しくないのかもしれない、と思った。</div>
<div>というのは、誰かひとりが犠牲になって問題の解決をはかり他を救う、ってのは、まあ、結構使い古されたパターンだと思うわけで。<br />
その絡まりきった糸のような投げ出してしまいたいほどの事態にいかにして救いをもたらすのか、ってところにわたしは関心があったんだけど、そういう意味では、まあそうなるよね&hellip;という。<br />
まどかの場合、まどかは皆を見守ってるってことになってて、彼女の意志や願いは叶っているけど、ほむら以外からおおよそ忘れられ、同じ時間を過ごすことはできない、一緒にはいられないという意味では犠牲と言って差し支えないでしょう。<br />
多分、その犠牲を犠牲と呼ばせないことに作り手は心を砕いたんじゃないかと思うんだけれど、「一般人的な感覚」で目指す幸福と、彼女が辿り着いた幸福はやはりあまりにも違っているから、作品での位置付け的に「まどかは幸せだった」「望んでああなった」だとしても、やはりそれは犠牲に等しい。</div>
<meta charset="utf-8" />
<meta charset="utf-8" />
<div>&nbsp;</div>
<div>じゃあ、敢えてこの作品がこういうソリューションを選んだのは何故かを考えると、わたしは大きく分けて二つの意図があると思う。<br />
&nbsp;</div>
<div>一つは、視聴者に向かって、「君ならどうする？」と問題を突きつけ、解かせようとしてたんじゃないかってこと。<br />
特に、ターゲットはいわゆるゆとり世代と言われるわたし達。<br />
この作品の注目度を一瞬で作り上げたマミさんの描写（＝「願いが叶えられ、責任と義務を負うことのリスク」）や、安易に魔法少女に憧れるまどかへのほむらの態度（＝「現実を見ろ」）とか、それらは全て、問題に掛けられてたベールを外し露にしていった作業なんじゃないかと。<br />
山積した問題に目を向けさせるためにね。</div>
<meta charset="utf-8" />
<div>それと、特に11話に強かった気がするけど、「あなたは愛されてるんだ」「家族や周りに生かされているんだ」というメッセージもあったとは思う。<br />
これも、「大切なものがあるでしょ？」という問題提起。</div>
<div>その点については、まんまと乗せられて真剣に考察してた人も多かったし、成功したんじゃないだろうか。いや飽くまでもわたしの想像ですけど。<br />
&nbsp;</div>
<div>二つめは、結局誰かがやらなきゃ問題は解決しないんだ、ってこと。<br />
昨今、社会問題も複雑化してきているし、それを示唆しているフィクションは数多有れど、それぞれがソリューションを提示しようと試みているはず。</div>
<div>そして、「まどか☆マギカ」が提示した方法「誰かが憎まれ役や損な役回り、スケープゴートを引き受けることで事態を解決に向かわせる」は、そんなに目新しいものじゃないよね、という。<br />
わたしは不勉強で守備範囲も狭いので、アニメではぱっと思いつくところでは東のエデンくらいしか引き合いに出せませんけど、多分そういう作品はいくつもあると思う。</div>
<div>逆に考えれば、フィクションの中でさえそういうソリューションしか提示できないわけで。<br />
もちろん、全部投げうってハッピーエンド☆も無いわけじゃないけど、そういう手合いは大抵の場合問題が宙ぶらりんのままだったりするし。<br />
複雑な問題を全てすっきり回収した上で大団円、という作品（もちろんアニメに限らず）をご存知のかたは是非、是非こっそり（こっそり？）教えてください。<br />
<br />
というわけで、現実社会の問題なんてものは、まさに、「誰かがなんとかしなきゃならない」。</div>
<div><br />
その「誰か」になってくれる人が現れるのを待ってるのが、まさに現代の膠着状態そのものなんだろうな、と。<br />
そして、フィクションでは「誰か」が現れてくれるけど、現実はそうじゃない。<br />
待つんじゃなくて、誰もが、「誰か」になる意識を持たなきゃいけない。</div>
現実では誰もがまどかで、誰もがほむらで、誰もがマミさんで、誰もが杏子で、誰もがさやかだ。<br />
（長くなるしそれぞれの人物が何を示唆してるかとかは割愛しますけど。多分そういう考察してる人は山ほどいるだろうしわたしもぼんやりとしか考えついてないし）<br />
<meta charset="utf-8" />冒頭の引用のような「英雄」を必要とする、不幸な時代。<br />
でも「英雄」はどこからか現れてくれるものじゃない、誰しもがその意識を高く持っていなくちゃ、と。<br />
<br />
&hellip;この作品が伝えたかったのはそういうことなんじゃないのかなー　と、最終回を観て思いました。<br />
何度も繰り返し観たわけでもないわけで、多分論理の綻びもたくさんあると思いますが、感想として形にしておきたかったのでわたしは満足です&hellip;。<br />
<br />
どうもチラ裏でした。<br />
<br />
<br />
お前ほんとになんでもかんでも東のエデンにつなげようとしやがって、っていう突っ込みは却下。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
その裏に社会問題的問題提起があると思うと、息をするように攻殻機動隊とか東のエデンと比較して考える昨今です。<br />
今学期の研究テーマ東のエデンにしようかなって割と本気で思ってる。]]>
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    <category>おたく</category>
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    <pubDate>Fri, 22 Apr 2011 02:31:05 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>ショタ判別のための最も重要なファクターは何か</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>&nbsp;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>最近twitterでショタコンと誤解されかねない発言ばかりしている気がしますが、わたしはショタコンではありません（ｷﾘｯ</div>
<div><strong>ただちょっとかわいいものが好きなだけです！！</strong></div>
<div>&nbsp;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>それにしても、巷には素敵なショタが溢れていますね。主に二次元。</div>
<div>最近のお気に入りはヴァンガードのアイチくんです！</div>
<div>高3だけどダンガンロンパの苗木くんもかわいいお。&hellip;黙ります。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>ところで、かつて中学&hellip;いや小学校高学年くらいの頃、そうわたしがオタクに目覚めた頃、当時からかわいいものが好きだったわたしは、友人と「いくつ（年齢）までがショタか」みたいな議論をしたものです。青いなあ</div>
<div>その頃は「キャラデザにもよるし、場合によっては10代男子ならショタでいい」みたいな乱暴な結論になりました。それはねーよ。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>しかし最近、と言っても半年は前だとおもうけど、友人（前述の友人とはもちろん違う）と似たような議論になった際に彼女が言ったのが、「<strong>ショタは作品内に於けるポジションである</strong>」という見解。</div>
<div>これは腑に落ちたね。すとんと落ちたね。</div>
<div>世のショタコンのお姉様お兄様方はとっくにご理解かもしれませんが。</div>
<div>というのも、多分、ショタコンという性癖をお持ちの方々のレーダーが反応しているショタこそ、主にポジションという特性によるものだと考えられるからです。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>つまりね、そのキャラクターがショタと呼べるかどうかは、<strong>作品内における扱いとか立ち位置に起因する</strong>ということ。年齢ではないんです。<strong>キャラデザはちょっとあることは認める。</strong></div>
<div>わたしが考えるショタかどうかの判別に重要なファクターは、ポジション、作品の特性、そしてキャラデザです。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>年齢として恐らくは最も議論の的になるのが「<strong>中学生はショタか否か</strong>」だと思われる。</div>
<div>かつてわたしが中学生だった頃の議論では、「十六夜(13)はショタだろ&hellip;&hellip;でもマンキンの葉くん(14)はショタか？ あとテニプリの子らはショタじゃないよね？」というかんじでした。議論がキャラデザに左右されていたわけですね。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>ショタの判別のためのファクターがポジション&gt;&gt;&gt;作品の特性&gt;&gt;キャラデザ、ということを説明するために、独断と偏見で選んだ作品における少年キャラに線引きをしたいと思います。わたしの守備範囲からのチョイスですまんね。</div>
<div>というかぶっちゃけわたしは狭く浅いオタク知識しか無いので本当に偏ってるとおもうけど、分かる人だけ分かってください。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>まずは、登場人物の多くが小学生である2つのアニメの少年たちについて言及したいとおもいます。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>デジモンシリーズ。とりあえずデジモンアドベンジャー（無印）について述べます。</div>
<div>そもそも小学生ばっかり出てくる作品なので、年齢で判別するならまさに「<strong>デジモンまじロリショタ入れ食いアニメおいしいmogmog</strong>」となるわけですが、まあ、そうは問屋が降ろしません。</div>
<div>何故か。<strong>ポジションが決まっているから</strong>です。</div>
<div>選ばれし子供たちというパーティには、八神太一、石田ヤマト、泉光子郎、城戸丈、高石タケルという5人の少年がいるわけですが、それぞれポジションというか、役割が異なることは明白です。</div>
<div>太一さんはリーダーとして時に突き進んだりバトルでも相応の活躍をし、ヤマトはそれに一見冷静に建設的な意見をしたり（ヤマトが実は熱い男だという突っ込みは今は置いておく）、光子郎は人見知りながらも頭を使ってパーティに貢献し、丈は最年長としてリーダーシップをとろうとし（て空回りし）、タケルは最年少として周りに迷惑を掛けまいと健気にしかし無邪気に振る舞う。</div>
<div>この場合、<strong>&quot;最年少&quot;であるタケルだけが、ショタコンさんのレーダーにひっかかるはず</strong>です。他の少年たちも小学生ではあれど、作品中においては皆彼より年上であり、ある種の「年長者の自覚」をもって動いているからです。</div>
<div>そのタケルも、ヒカリが登場してから少し振る舞いが変わらないこともないけど、まあそれは誤差の範囲かなと。<br />
これをポジションによるショタ定義の典型だと考えます。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>しゅごキャラ！ は、同じように小学生がたくさん出てくる作品でありながら、少し事情が違います。</div>
<div>主人公が女の子なのと、若干ながらメンバーの入れ替わりがある点。そして重要なのが、主人公グループは小学生くらいの集団であるが、<strong>年上のキャラクターが比較的たくさん出てくる</strong>という点です。</div>
<div>しゅごキャラ！ の男子小学生キャラは、辺里唯世、相馬空海、三条海里、藤咲なぎひこの4人とします。厳密には、空海は途中で中学生になるし、なぎひこはもともとはなでしこという女子として登場していますが、まあ<strong>細けぇこたぁいいんだよ！！！！</strong></div>
<div>取り敢えず性格でのポジション分類をしておくと、唯世くんは誠実なリーダー気質、空海は年長者としての牽引性を備えつつのやんちゃ系、海里は冷静な参謀役、なぎひこは&hellip;&hellip;うーん&hellip;、まあちょっと保留で。しゅごキャラにおいてはこの性格ポジション分類はあまり重要じゃないので。</div>
<div>ではこの作品で何が重要かというと、先にも述べた通り「年上のキャラクターがたくさん出てくる」ということ。歌唄ちゃんもイクトも、敵側の人間も、皆年上です。</div>
<div>しゅごキャラ！ は小学生が子供の夢を守るために大人と戦うお話、ってことかなあ？ まあこれも本筋じゃないので割愛しますが。</div>
<div>つまり、主人公たち小学生グループよりも年上のキャラクターがたくさんいることによって、<strong>相対的に小学生男子たちがショタポジションになりやすい</strong>ということ。</div>
<div>そもそも、ショタでない10代男子登場人物としてイクトが設定されているため、小学生らは皆ショタコンレーダーに引っ掛かっているのではないだろうか。わたしはイクト萌えなのでわかりませんけど（<strong>でも空海は引っ掛かる</strong>&larr;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>どちらもメインの登場人物として小学生が多く出てくる作品でありながら、ショタとして定義されるキャラ（いわゆるショタコンと呼ばれる性癖をお持ちの方々が反応するキャラ）が<strong>その小学生男子の全てではない</strong>ということがお分かりいただけただろうか。</div>
<div>登場人物間の<strong>立ち位置、ポジション</strong>が物を言うということ。そして作品の作り。作品の作りによって相対的に年少の少年がショタポジションと扱われることを、<strong>潜在ショタ</strong>と呼ぶことにします。<br />
作品の作りによって潜在ショタが生み出される構造も大きな括りではポジションの問題と言えますが、これを否定する（ポジションの問題に同化させない）例がイナズマイレブンだと考えます。</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>&nbsp;</div>
<div>超次元サッカーで最近だいぶ有名になってきたイナズマイレブンですが、キャラデザの超次元っぷりに初心者（何）は失念しがちなのが、<strong>彼らは中学生だということです</strong>。</div>
<div>また、キャラデザ的にも頭身が低めなため比較的ショタコンホイホイアニメのように感じがちですが、そういうわけでもありません。</div>
<div>彼ら中学生たちには指導者がいる、つまりしゅごキャラ！ で指摘したように、この中学生たちは<strong>潜在ショタに位置づけることができます。</strong>しかし、では彼ら全員がショタコンレーダーに引っ掛かるかというとそうではありません。</div>
<div>これが、作品の作りによる位置づけ（潜在ショタ）が、作品の中での相関関係によるポジションとは別のファクターだと述べる理由です。<br />
&nbsp;</div>
<div>では、イナズマイレブンのキャラクターのなかでショタコンレーダーに引っ掛かるキャラにはどんなファクターが関係しているのか。</div>
<div>もちろん、ポジションも重要です。しかし、アニメ初期には、ポジションによる差異はあまり無いと考えられます。これは作品を知らない人には説明のしようがないんですが（っていうか今までの例すべてがそうだけども）。</div>
<div>ここでようやく、キャラデザが物を言うときがやってきたわけです。</div>
<div>例えば、雷門中サッカー部のメンバーの中では、ショタコンの皆さんが反応するのはやはり<strong>円堂さん</strong>です。まるい輪郭、まるく黒目がちな目、意志の強そうな眉、明るく元気そうに見えるバンダナと髪型、中の人の声。<strong>元気な&quot;少年&quot;を具現化したようなキャラ</strong>です。実際は元気なだけじゃなく、一部では<strong>円堂教</strong>と称されるカリスマ性を持った人徳溢れるキャラなので、元気・やんちゃ系と呼ぶのは違う気がしますが。</div>
<div>2期以降は、最初の分類であるポジションで判別できるショタも増えてきます。1年生で円堂さんに憧れており同じGKである立向居（円堂さんは2年生です）、小学生でありながら確かな実力を持つやんちゃ系(?)男子虎丸、などなど。彼らはキャラデザ的にもショタ系です。</div>
<div>つまり<strong>イナズマイレブンのショタコン向けキャラ配置は、二重構造をとっていたと考えられる</strong>のです。年長者がそれなりに登場する作品でありながら、中学生たちが潜在ショタにならない代わりに、<strong>キャラデザと立ち位置の両方</strong>で、作品内のショタ定義を行っていると言えます。<br />
<br />
<br />
<br />
ここまでの理由から、ショタ判別のためのファクターは、<strong>ポジション&gt;&gt;&gt;作品の特性&gt;&gt;キャラデザ</strong>という重要度であると結論付けます。異論は認める。<br />
異論というか、反例みたいなものはいくらでも見つかるような気がするので、まあ与太話だと思って頂ければ。ってこんだけ重畳に述べておいて与太話か。<br />
<br />
<br />
わたし自身はショタコンじゃないと思ってるんですけどね。だってしゅごキャラだとイクト派だもん。空海も好きだけど。<br />
ところで今あついのはやっぱりまどか☆マギカですねー&hellip;マミさんが生き返った夢を観たよ。シャルロッテちゃんかわゆすかわゆす&hellip;&hellip;シャルロッテちゃんのグッズとかないのかね。同人グッズでもいいよ。シャルロッテちゃんならストラップにしたい。ていうか読み方シャルロッテで良いの？シャーロットでもかわいい。</div>
<meta charset="utf-8">
<div>あとはヴァンガードだけどあれは実にけしからんおねショタアニメだとおもいます。まじで。なんで年上のおねーさんとばっかりファイトしてんのアイチくん。むちゃくちゃかわいがられてるじゃねーの&hellip;けしからん&hellip;実にけしからん&hellip;あとドS櫂くんはいじめていじめていじめ倒したいですね。ていうかtwitterでも言ったけど、そろそろショタを（っていうかアイチくんを）かわいがってかわいがってかわいがり倒すアプリとか出て良い頃だと思うの。<br />
<br />
おっと&hellip;気付いたら手が勝手に妄言をタイプしていたぜ&hellip;なんてこったい&hellip;<br />
また気が向いたら考察を垂れ流しにくるね！</div>
<meta charset="utf-8" /></meta>]]>
    </description>
    <category>おたく</category>
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    <pubDate>Wed, 09 Mar 2011 05:18:10 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>わたくしたちのフィルターは無敵なんですのよ！(3) -特別普通です-</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
このエントリは続きものですので、<a href="http://insomniacsheep.blog.shinobi.jp/Entry/5/">二つ前</a>と<a href="http://insomniacsheep.blog.shinobi.jp/Entry/6/">一つ前</a>のエントリを先にお読み下さい。<br />
<br />
(3) -特別普通です- では、腐女子的趣味活動、ひいては「腐女子であること」を特別に面白がったりする風潮ってどうなの？ という気持ちから、そもそもの「趣味」が生活（人生）においてどんな位置を占めているかを考え直しました。<br />
「腐女子」の認知や批判が広がってきた原因についても、わたしなりに考えてみました。<br />
<br />
--------------------------------------<br />
<br />
<strong><font size="2">&quot;腐女子であること&quot;はそんなに恥ずかしい事か</font></strong><br />
<br />
(2)では「<strong>結局恋愛ってそういうもんでしょ</strong>」と多少投げ遣りになってしまいましたが、ざっくりとまとめると、恋愛も腐女子的趣味活動も、<strong>お里は同じなんじゃないの？</strong> ということです。<br />
お里が同じと考えると、腐女子趣味を特別視することに違和感を覚えるのです。「&quot;腐女子的&quot;恋愛論」とか題しておいてどの口が言う、って感じですが。<br />
弁解するならば、違和感を覚えるが故に強調してみた、というところでしょうか。<br />
&hellip;&hellip;話が逸れました。<br />
<br />
生活（人生と言ってもいいかもしれない）の要素を区切ったとき、「私、腐女子です」って名乗ることは「私、テニスやってます」って言うのとそう変わらないと思うのですよ。<br />
腐女子的趣味活動（二次創作同人誌つくったり買ったりコスプレしたり？）は、結局は「趣味」という大きなカテゴリの中に包含されるので、テニスをやるとか、読書するとか、写真を撮るとか、それらと<strong>同じ階層にある</strong>と思うのです。<br />
何てことは無い、趣味のひとつ、<strong>違ったベクトルの感情表現・ストレス発散方法のひとつ</strong>だと、わたしは思います。<br />
（そもそも<strong>生身の人間と付き合わないことが非難の種になるのは不条理</strong>ですよ。世の中には<a href="http://nylongirls.jp/topics/2010/05/married-inanimate-objects.html">無生物と結婚しちゃうような猛者だって居る</a>んですから&hellip;&hellip;）<br />
<br />
恋愛が趣味と同列なんて有り得ない、とか、仕事も恋愛も趣味も全部適度に頑張ってる、とか、いろんなタイプの人がいます。<br />
でも共通しているのは、その<strong>原動力があるということ。</strong><br />
これについてのわたしの詳しい考察を始めると長いので割愛しますが、この原動力は、<strong>今いちばん大切にしなくてはならないもの</strong>かもしれない、とわたしは思っています。<br />
腐女子であることは何ら特別ではないし、趣味より恋愛を頑張る人も、仕事に追われてそれが充実している人も、その誰もが&quot;普通&quot;の人間の姿なのではないでしょうか。<br />
<br />
--------------------------------------<br />
<br />
さて、とりあえず本編は終了です。続きは番外編。<br />
<br />
<br />
<strong><font size="2">何故、いちいち「腐女子」が取り沙汰されるのか</font></strong><br />
<br />
&hellip;&hellip;趣味は人それぞれであり、その基盤にあるものが少し変わった嗜好であっても、それを非難する権利は誰にも無いはずです（犯罪になっちゃうようなのは別）。<br />
それでも、わざわざ研究されたり分析されたり、男性オタク（往々にして&quot;キモオタ&quot;と呼ばれる人々）から「キメェ」と言われたり、腐女子の側もそういった状況に過剰に反応してしまったりする。<br />
これ、何故なんでしょうか。<br />
わたしはカルチャーの専門家とかでは無いしたいして調べてもおりませんので、ほとんど憶測で物を言いますが、わたしなりに考えてみました。<br />
<br />
「腐女子」という言葉ができたての頃、それはBLを好む<strong>変わった（気持ち悪い）性癖の持ち主</strong>である女子をさしていました。<br />
また、そもそも内部からの自称という形でできた言葉なので、<strong>腐女子以外は腐女子という言葉自体を知らなかった</strong>（可能性が高い）と考えられます。<br />
認知されていなかったものが陽の目を見たから軋轢が云々とか、ホモが好きだなんて云々とか、色んな議論はされてきているのでしょうが。<br />
わたしは、<strong>「腐女子」という言葉のインパクトの強さ</strong>が、注目や批判の一端を担っていると思います。<br />
だって、<strong>腐</strong>った、<strong>女子</strong>、ですよ。<br />
「腐」って漢字、まともな意味に使うのそうそう見ませんよ。<strong>豆腐と貴腐ワインくらい</strong>ですよ。<br />
<br />
BLや同性愛を美しいものや芸術に近いものとみなす流れは決して新しいものではありませんし、善かれ悪しかれ、<strong>ネーミングは重要</strong>なんですね&hellip;&hellip;。<br />
<br />
あれ、どうしてこんなところに着地してしまったんだろう&hellip;&hellip;落ちが完全に行方不明。<br />
<br />
--------------------------------------<br />
<br />
わたしの無計画さが如実に表れたまとめです本当にありがとうございました。<br />
また思いついたら何か書きにくるかもしれません。<br />
<br />
最後に腐女子らしいことを言ってみよう。<br />
現在放映中のアニメだと、おお振りの泉くんがお気に入りです。単体萌えですが、&hellip;&hellip;えっ？ えっ？ なんですか？ あ、夕飯ができたらしいのでそろそろ失礼しますね！<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>おたく</category>
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    <pubDate>Wed, 05 May 2010 17:44:23 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>わたくしたちのフィルターは無敵なんですのよ！(2) -腐女子的恋愛論-</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
このエントリは続きものですので、先に<a href="http://insomniacsheep.blog.shinobi.jp/Entry/5/">一つ前のエントリ</a>をお読み下さい。<br />
<br />
(2) -腐女子的恋愛論- では、腐女子的、と言いつつ必ずしも腐女子に限らない視点で恋愛論を展開しました。<br />
そんなわたしは恋愛経験が非常にうすい（何と言いますか、<strong>ゼロっていうのも憚られますよね</strong>）ので、こういう風に考える人もいるかもね、程度に思っていただければ。<br />
<br />
--------------------------------------<br />
<br />
<strong><font size="2">萌えと恋愛への原動力</font></strong><br />
<br />
以前から腐女子論と名の付く議論でよく言われていることですが、二次&mdash;&mdash;人によっては三次（いわゆるナマモノ）かもしれない&mdash;&mdash;でのあれやらこれやらの妄想は<strong>性欲の発露の一種</strong>、といったあれ。<br />
男性のオタクに関してはこれはかなり言えるとは思いますが、こと女子については必ずしも当て嵌まらないと思います（男性のことはよくわからないので異論もお待ちしております）。<br />
生物学的に性欲って男女で別のものとも言われていて（強さの違いという意味ではなく）、取り敢えず論点がずれるので詳しいことは割愛しますが。<br />
<br />
わたしが常々思うことは、女子にとって、「萌え」や「ときめき」、もっと広く言うと「強く関心を持つ」などといった感情の振れは、<strong>根っこが同じでベクトルが少し異なるだけの、ごく近いもの</strong>なんじゃないかということです。<br />
感情を表す言葉で樹形図をかいたとして、根を同じくしていてあまり遠くない位置にある、というイメージ&hellip;&hellip;かな&hellip;&hellip;。<br />
<br />
で、その根っこにある同様の原動力を、<strong>恋愛の上手い人はうまく&quot;通常の恋愛&quot;のエネルギ源にできる</strong>人なんだと思うんですよね。<br />
原動力というのは、心の動きとしては腐女子向けに言えば&quot;<strong>萌え</strong>&quot;であり、ちょっとリア充（笑）っぽく言うと&quot;<strong>ときめき</strong>&quot;であり&quot;<strong>何か感じた</strong>&quot;みたいな感じでしょうか。<br />
この原動力って、別に<strong>ベクトルが恋愛でなくても発揮されるもの</strong>だと思いませんか。<br />
わたしは、腐女子にとっての&quot;萌え&quot;は、ユング的リビドーとよく似てるんじゃないかと勝手に思っています。<br />
そういう意味で、上の議論に立ち戻るんですが、<strong>&quot;萌え&quot;は性欲とは直結しない</strong>のですよ（直結するのはリビドーはリビドーでもフロイトのほうね）。<br />
<br />
世の中の女の子たちは別に<strong>性欲を満たすため（だけ）に恋愛しているわけじゃない</strong>でしょう。腐女子も例外ではなく。<br />
それを楽しみたいとか、人生を豊かにしたいとか、そういう欲求に付随した選択肢の一つに恋愛があるわけで（違う人もいるかもね）。勿論、<strong>腐女子的活動も恐らく選択肢の一つ</strong>だと思うわけで。<br />
<br />
それから、よく「自分は腐女子だから&hellip;&hellip;」などと、<strong>恋愛できないことを自分の嗜好のせいにする</strong>人がいるけど、それは単に腐女子的活動で十分楽しいから（恋愛という選択肢が必要無い）であって、別に腐ってること自体は<strong>恋愛ができない理由にはならない</strong>はず。<br />
寧ろ、恋愛がしたいならすれば良くて、恋人ができないことの理由に腐女子趣味を挙げるのは完全に逃げであり責任転嫁だと。<br />
逆に腐女子的活動で十分楽しい人であっても、たまたまその時点では恋人が必要無いと思っているだけとも言える。<br />
敢えて少女まんがみたいなことを言えば、<strong>明日、その趣味よりものめり込める恋愛が降り掛かるかもしれないわけでしょう。</strong><br />
&hellip;&hellip;と言ったら友人に「おとめ！」って突っ込まれたんだけど知らんがな。<br />
<br />
腐女子にとっても、そうでない女子にとっても、結局恋愛ってそういうものなんじゃなかろうか。<br />
わたくしのようなヌルい女子が言うのはお門違いってはなしですねそうですね&hellip;&hellip;。<br />
<br />
--------------------------------------<br />
<br />
次エントリ (3) -特別普通です- に続きます。<br />
]]>
    </description>
    <category>おたく</category>
    <link>http://insomniacsheep.blog.shinobi.jp/%E3%81%8A%E3%81%9F%E3%81%8F/%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%AF%E7%84%A1%E6%95%B5%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%AE%E3%82%88%EF%BC%81-2-%20-%E8%85%90%E5%A5%B3%E5%AD%90%E7%9A%84%E6%81%8B%E6%84%9B%E8%AB%96-</link>
    <pubDate>Wed, 05 May 2010 17:20:03 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">insomniacsheep.blog.shinobi.jp://entry/6</guid>
  </item>
    <item>
    <title>わたくしたちのフィルターは無敵なんですのよ！(1) -腐女子定義も個人の自由-</title>
    <description>
    <![CDATA[4/30の深夜から翌日未明にかけて、頼まれてもいないのに、何故かtwitterで腐女子論的なものをつぶやきちらかしました。<br />
あれは&hellip;&hellip;完全に深夜のテンションだった&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;<br />
今見返すと何を言いたいのかわからない&hellip;&hellip;<br />
<br />
で、フォロワーの<a href="http://twitter.com/kurokobo">@kurokobo</a>さん（同級生？のはずだがお会いした事はない）が、どこかにまとめたらいいのではと提案してくださったので、久しぶりにブログを書いてみようかな、ということになりました。<br />
twitterという媒体の性質上140文字という制限でつぶやいているため、考えがぶつぶつ途切れてわけのわからない状態になっていたので、文は補足というか大幅に加筆・成形しています。<br />
<br />
最初は何も考えずに始めた考察が、いつの間にか恋愛論を経て趣味論になってたので、まあそういうスタンスで加筆し、3部に分けました。<br />
<br />
(1) -腐女子定義も個人の自由-<br />
(2) -腐女子的恋愛論-<br />
(3) -特別普通です-<br />
<br />
というかんじです。なんぞこれ。<br />
<br />
(1)であるこのエントリでは、腐女子を自認するわたし自身が、腐女子の定義について思うことを述べています。<br />
(2)は腐女子的恋愛論、と銘打ってはいますが、わたし自身が恋愛経験のうすい人間なので、戯言と思っていただいたほうが無難だとおもいます。ほんとに。<br />
(3)は、ゆるーいまとめと番外編です。深夜のテンションで論点を見失っていたことがとてもよくわかります。<br />
<br />
現在全てまとめ終わっているので、時間差で記事が公開になっていきます。時間指定予約公開機能を使ってみたかっただけです。昼には全部公開されているはず。<br />
ちなみに、タイトルの「わたくしたちのフィルターは無敵なんですのよ！」というのは、一連の腐女子論をポストし始める前に流れでポストしたつぶやきで、あんまり中身とは関係無いです。<br />
<br />
--------------------------------------<font size="2"><br />
<br />
</font><strong><font size="2"> 腐女子と言っても幅広い（とわたしは思う）</font></strong><font size="3"><br />
</font><br />
Wiki先生によると、腐女子の定義は「<strong>男性同士の恋愛を扱った小説や漫画を好む趣味を持った女性のこと</strong>」だそうです。<br />
腐女子という言葉の由来自体が、<strong>もともとヘテロであるはずのキャラクタに対してホモセクシャルを設定して妄想してしまうなんて自分は腐っているなあ</strong>、ということを自称した方の言を発祥としているらしく、だとすると確かに本来の言葉の意味としての「腐女子」は、BLややおいを趣味とする人に当て嵌まる呼称だったのでしょう。<br />
<br />
ただし、時を経ると言葉の意味は変化してきます。<br />
「腐女子」を自称するおたく女性の中には、<strong>必ずしもBLが好きというわけではない</strong>人もいるのです。<br />
寧ろ、「BLはちょっと苦手」という人もいる。<br />
それが、本来なら「やおい好きです」というのと同じであった「腐女子」という呼称を持ち出すのは何故かといったら、やはり「腐女子」という言葉が<strong>拡大解釈されるようになった</strong>ということが言えるはずです。<br />
<br />
「腐女子」の「腐」の由来は、「腐っている」と自覚すること。<br />
つまり、「腐女子」という言葉の定義の拡大は、「腐る」ことの定義（狭義での）の拡大によるものだと思うのです。<br />
「腐っている」という言葉を多用して少しややこしくなるので、「やおいを好む」意味の「腐っている」を「腐っている（や）」、「やおい好きに限らない腐女子趣味」と拡大解釈されたほうを「腐っている（拡）」、と表記することにします。プレーンなやつはニュートラルだと思っていただければ。<br />
<br />
そもそも、「腐る」という言葉を人間の性質について用いるときは、「性根が腐る」という感じで、「<strong>駄目になる</strong>」とか「<strong>堕落する</strong>」という意味を持ちますよね。<br />
BLを好むことは、その言葉そのもの「駄目になる」「堕落する」の意味が拡大されているのでしょうか。<br />
そこはかとなく差別のにおいがしてきましたが&hellip;&hellip;、もしかすると、最初に「腐っている」を「やおいを好む」ことの表現として用いた人は、<strong>ホモセクシャルについて差別的な視点を持っていたのかも</strong>しれません（あくまでも憶測です）。<br />
逆に、ホモセクシャルを蔑視していないのであれば、「腐っている（拡）」と捉えるべきでしょう。<br />
「腐っている（拡）」が差別的でないのは、どのへんが腐っているかと言えば、「<strong>こんなことにうつつを抜かすなんて、自分腐ってるなあ&hellip;&hellip;</strong>」という感慨があるという点に尽きると思います（あくまで私見です）。<br />
この「腐っている」は、もともとの言葉の意味である「駄目になる」とほぼ同義ですが、妄想の内容が腐っているのではないのです。<br />
「こんなこと考えてるよりもっとましなことがあるだろうに&hellip;&hellip;でも妄想しちゃう（＝<strong>あーあ、自分は駄目な奴だな</strong>）」という。<br />
わたしの中の「腐女子」の定義はこんな感じです。<br />
<br />
こうして「腐女子」の定義を少し拡大してみましたが、定義が拡大したということは、それを包含する小さなまとまりの定義もあるわけです。<br />
これは往々にして腐女子間での軋轢を生み、カテゴライズを完璧に行うことは不可能だろうと思われます。<br />
<strong> 個々人の萌えの数と同じだけのカテゴリ分けができるはず</strong>だからです。<br />
無数の○がかかれ、ところどころ共有部分や包含のあるベン図をイメージしていただけるとわかりやすいかも&hellip;&hellip;しれません。苦情は受け付けません（<br />
勿論、以上はわたしの定義なので、人それぞれ定義は異なると思います。<br />
友人がわたしに腐女子認定されて憤慨していましたし。彼女の腐女子定義はもっと狭いということでしょう。<br />
<br />
--------------------------------------<br />
<br />
次エントリ (2) -腐女子的恋愛論- に続きます。<br />]]>
    </description>
    <category>おたく</category>
    <link>http://insomniacsheep.blog.shinobi.jp/%E3%81%8A%E3%81%9F%E3%81%8F/%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%AF%E7%84%A1%E6%95%B5%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%AE%E3%82%88%EF%BC%81-1-%20-%E8%85%90%E5%A5%B3%E5%AD%90%E5%AE%9A%E7%BE%A9%E3%82%82%E5%80%8B%E4%BA%BA%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1-</link>
    <pubDate>Wed, 05 May 2010 16:38:36 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">insomniacsheep.blog.shinobi.jp://entry/5</guid>
  </item>
    <item>
    <title>事前調査のための心理テスト</title>
    <description>
    <![CDATA[今学期中に自律訓練法を習得することが目的なわけですが、自律訓練法を練習することにより不安等がどのくらい軽減されるかを検証するため、練習に取り組む前に心理テストを行いました。<br />
心理テストと言っても、占いみたいなああいうのではありません。<br />
複写式のマークシートのようなものを使いました。<br />
STAIというのと、CES-D Scaleというものです。<br />
<br />
<br />
複製は禁止されているらしいので、いくつかの質問だけ抜粋します<br />
<br />
&lt;STAI&gt;<br />
Form X-1:現在の気持ちについて<br />
（全くちがう/いくらか/まあそうだ/その通りだ）<br />
＊気が落ち着いている<br />
＊くよくよしている<br />
＊何か気がかりだ<br />
＊自信がある<br />
＊満ち足りた気分だ<br />
＊何かうれしい気分だ<br />
など<br />
Form X-2:普段の気持ちについて<br />
（ほとんどない/ときたま/しばしば/しょっちゅう）<br />
＊疲れやすい<br />
＊泣きたい気持ちになる<br />
＊心が休まっている<br />
＊物事を難しく考えてしまう<br />
＊危険や困難を避けて通ろうとする<br />
＊あせらず、物事を着実に運ぶ<br />
など<br />
<br />
&lt;CES-D Scale&gt;<br />
この一週間のうちのからだや心の状態について<br />
（週のうち 全くない/1~2日/3~4日/5日以上）<br />
＊普段は何でもないことがわずらわしい。<br />
＊他の人と同じ程度には、能力があると思う。<br />
＊これから先のことについて積極的に考えることができる。<br />
＊なかなか眠れない。<br />
＊毎日が楽しい。<br />
＊悲しいと感じる。<br />
など<br />
<br />
<br />
STAIテストは、X-1で状態不安、X-2で特性不安について診断します。<br />
状態不安というのはそのとき（テストを受けたとき）感じている不安の度合い、<br />
特性不安というのはその人がそもそも不安を感じやすいかどうかの度合い、<br />
だと解釈しました。<br />
複写式になったテスト用紙をぺりぺりと剥がして開いて、自分で点数を計算しました。<br />
<br />
評価段階基準というのがあり、1（非常に低い）〜5（非常に高い）の5段階で判断します。<br />
男性と女性で段階の推移する点数に差がありますが、とりあえずわたしは状態不安も特性不安も段階5（非常に高い）でした。<br />
つまり。<br />
「もともと不安を感じやすい性質で、且つ現在強い不安を感じている」ということになりますね。<br />
<br />
これが、自律訓練法を習得して、どのくらい変化するかに注目するようです。<br />
特に特性不安の数値や段階を下げるのが目標ですね。<br />
というのも、状態不安についてはそもそも変動が大きいものだからです。<br />
自律訓練法の効果かどうか、判断しづらいというところがあるのでしょう。<br />
<br />
<br />
CES-D Scaleは、【うつ病（抑うつ状態）/自己評価尺度】とあります。<br />
たぶんそのままの解釈で大丈夫でしょう。<br />
1次元の棒グラフが載っており、ポイントが0〜16を正常対照群、16以上（60まで）を気分障害群としています。<br />
<br />
ちなみにわたしは得点が26点だったので、一応気分障害群ということになります。<br />
ただ、気分障害群なら即精神科を受診してくださいというわけではなく、あくまで指標にすぎないようです。<br />
これも、自律訓練法を習得するにつれて得点が下がっていくことを期待するわけですね。<br />
<br />
<br />
というわけで、半年間頑張りたいと思います。<br />
目標はSTAI特性不安を段階4まで下げること、CES-D Scale得点を正常対照群域まで下げること、ですね。<br />
<br />
もちろん、数値だけにとらわれることなく、自分の内面をしっかり見つめながら練習していきたいとおもいます。<br />]]>
    </description>
    <category>自律訓練法</category>
    <link>http://insomniacsheep.blog.shinobi.jp/%E8%87%AA%E5%BE%8B%E8%A8%93%E7%B7%B4%E6%B3%95/%E4%BA%8B%E5%89%8D%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E5%BF%83%E7%90%86%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88</link>
    <pubDate>Wed, 18 Nov 2009 11:57:18 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">insomniacsheep.blog.shinobi.jp://entry/3</guid>
  </item>
    <item>
    <title>戻ってきた</title>
    <description>
    <![CDATA[ログインできない状態が長らく続いていました<br />
IDとかを忘れてしまっていたという阿呆極まりない理由です。<br />
ダメもとで色々試みていたらたまたまログインできたという。あほですね<br />
<br />
ブログ開設当初とはだいぶ環境が変わりました。<br />
というか1学期ぶん丸々空いているし。<br />
<br />
<br />
バイト先の上司に影響されて&quot;作ってみただけ&quot;なブログだったのですが、<br />
一応方向性を持たせてみようと思います。<br />
今のところは授業で習った事や調べた事の備忘録かなと。<br />
あと、2ヶ月くらい大幅に体調を崩しており、<br />
精神衛生や自律神経系を調えたりすることについて<br />
考察したことを書いていこうかな、と思っています。一応。<br />]]>
    </description>
    <category>連絡</category>
    <link>http://insomniacsheep.blog.shinobi.jp/%E9%80%A3%E7%B5%A1/%E6%88%BB%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F</link>
    <pubDate>Thu, 29 Oct 2009 14:23:04 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">insomniacsheep.blog.shinobi.jp://entry/2</guid>
  </item>
    <item>
    <title>ブログ</title>
    <description>
    <![CDATA[ブログを始めるきっかけが<strong>バイト先の上司に影響されたから</strong>というのも何なんだ<br />
という感じですが（<br />
&nbsp;<br />
mixiもたいして続けてないのに、続く予感がさっぱりしませんが、<br />
気が向いたら書いて行こうとおもいます。<br />
奇しくも、この春から身の回りの環境が少し変わる予定なので、<br />
時間もとれるかも&hellip;しれません<br />
<br />
<br />
ゆるい気分でやっていきたいです。<br />
<br />]]>
    </description>
    <category>連絡</category>
    <link>http://insomniacsheep.blog.shinobi.jp/%E9%80%A3%E7%B5%A1/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0</link>
    <pubDate>Sun, 22 Feb 2009 06:55:15 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">insomniacsheep.blog.shinobi.jp://entry/1</guid>
  </item>

    </channel>
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